小田急ホテルセンチュリー相模大野の閉館理由と跡地の現在を追跡
相模大野駅の改札を出てすぐ、駅ビル「相模大野ステーションスクエア」の上層階に位置し、四半世紀にわたって街のランドマークとして君臨した小田急ホテルセンチュリー相模大野。特別な日の食事や婚礼、ビジネスの宿泊拠点として地域住民に愛されてきましたが、惜しまれつつ歴史の幕を下ろしました。
閉館から年月が経過した今もなお、「なぜあの人気ホテルが営業終了を選んだのか」「かつてのレストランや客室フロアはどうなったのか」と疑問を持つ声は後を絶ちません。運営元である小田急リゾーツの構造改革、地元で囁かれた噂の真相、そして気になる跡地フロアの現在と再開発の動向を多角的に検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2021年9月末に迎えた営業終了の決定打は、コロナ禍による需要急変と小田急グループ全体のホテル事業構造改革
- 要点2:ランチビュッフェで絶大な人気を誇った「ボン・ロザージュ」など、名門レストランを惜しむ声が今も根強い
- 要点3:跡地は相模大野ステーションスクエアの一部として医療・ウェルネス機能を中心に再編が進み、新たな役割を獲得
【閉館の真相】なぜ営業終了したのか?小田急ホテルセンチュリー相模大野が下した決断
小田急ホテルセンチュリー相模大野は、2021年9月30日をもって営業を終了しました。駅直結という抜群の立地と確固たるブランド力を誇りながら、なぜ撤退に至ったのか。その背景には、外的要因とグループ経営方針の双方が絡み合っています。
最大の決定打となったのは、2020年春以降に深刻化した新型コロナウイルス感染拡大です。外出自粛や企業の出張制限によって宿泊需要が激減しただけでなく、宴会や婚礼、地域住民の集まりが相次いでキャンセルとなりました。都市型シティホテルにとって、利益率の高い宴会・ブライダル部門の長期停止は致命的な打撃でした。
当時、地元では「ビルの建て替えによる立ち退きではないか」「大幅な赤字を隠していたのではないか」といった憶測も流れました。しかし、内情は小田急リゾーツおよび小田急電鉄グループ全体の固定費削減とポートフォリオ再編です。将来的な需要回復を見据えた場合でも、老朽化が進む設備の改修コストを回収するのは困難であると判断され、定期借家契約の区切りなどを考慮した計画的な事業整理が行われました。
【相模大野駅直結ホテルの軌跡】四半世紀にわたり愛された「地域の迎賓館」
時計の針を少し戻すと、同ホテルが開業したのは1996年11月のことでした。小田急線相模大野駅の大規模改良工事に伴い誕生した大型複合商業施設「相模大野ステーションスクエア」のB館上層フロア(7〜14階)に入居。雨に濡れずにチェックインできる相模大野駅直結ホテルとして華々しくスタートを切りました。
客室数は全120室。新宿や箱根、江の島へのアクセスに優れた立地から、観光客だけでなく海外からのビジネス顧客にも重宝されました。落ち着いたインテリアと上質なホスピタリティは宿泊予約サイトでも常に高い評判を獲得し、「相模原・町田エリアで最も安心感のあるシティホテル」として確固たる地位を築いていました。
宿泊にとどまらず、地域の社交場としても機能していました。地元企業の新年会や賀詞交歓会、学校関係の謝恩会、親族の顔合わせなど、人生の節目に寄り添う「地域の迎賓館」として多くの人々の記憶に刻まれています。
【ボン・ロザージュの記憶】絶品ランチビュッフェと名店レストランが残した功績
小田急ホテルセンチュリー相模大野の営業終了を語るうえで外せないのが、充実した料飲施設への惜別です。特に7階に位置していたグリルキッチン「ボン・ロザージュ」は、相模原・町田エリアのランチシーンを牽引する存在でした。
季節ごとにテーマが変わるランチビュッフェは、シェフが目の前で仕上げるローストビーフや焼きたてのパン、色鮮やかなデザートの数々が並び、オープン前から行列ができるほどの盛況ぶりでした。シニア層から子育て世代まで気兼ねなく楽しめる開放感あふれる空間設計も、長年愛された理由の一つです。
さらに、落ち着いた数寄屋造りの店内で旬の会席料理を提供していた日本料理「相模」も、結納やお食い初め、法事などのフォーマルな会食の場として重宝されていました。「大切な食事会を開く場所が街から消えてしまった」と嘆く住民の多さは、同ホテルのレストランが地域インフラとして機能していた証左といえます。
【跡地の現在】ステーションスクエア上層階フロアはどう生まれ変わったのか
ホテルが営業終了した後、残された広大な跡地スペースはどうなったのでしょうか。相模大野ステーションスクエアB館の元ホテルエリア(7階〜14階)は、小田急グループによって順次用途転換とリニューアルが進められてきました。
フロントやレストラン、宴会場が存在した7階および8階フロアは、既存の商業ゾーンと連動する形で再構築が行われました。大型の医療モール(クリニックフロア)や調剤薬局、リラクゼーション、フィットネス、カルチャー関連施設など、日々の生活を支えるサービス機能が集約されています。
一方、かつて客室が並んでいた上層フロア(9階〜14階)については、セキュリティの独立性を活かしながら、オフィスやサテライト拠点、各種研修施設、テナントスペースなどへの転換・最適化が段階的に図られています。宿泊特化ではなく「駅直結の生活密着型利便施設」へと舵を切ることで、ビルの床稼働率と回遊性を維持する現実的な再生策が取られました。
【小田急電鉄の再開発戦略】相模大野エリアの将来像と駅ビルバリューアップ
小田急ホテルセンチュリー相模大野の閉館は、単なる1ホテルの撤退ではなく、小田急電鉄が進める中長期的な沿線再開発戦略の一環として捉える必要があります。小田急グループは近年、新宿の大規模再開発や下北沢エリアの開発に注力する一方で、主要中核駅の役割再定義を推進してきました。
相模大野は、小田急小田原線と江ノ島線が分岐する交通結節点であり、周辺には北里大学病院や相模女子大学などを抱える学術・医療の街でもあります。従来の「宿泊需要を取り込む」モデルから、駅ビル全体の滞在価値を高め、地域住民のウェルビーイングを向上させる「生活利便拠点」へのシフトが鮮明になっています。
相模大野ステーションスクエア自体のバリューアップ工事も継続しており、環境負荷の低減やデジタルサイネージの導入、動線の見直しが進んでいます。ホテル跡地を有効活用した機能複合化は、相模原・町田商圏における競争力を維持するための戦略的な布石であったといえます。
【小田急ホテルセンチュリー相模大野】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:小田急ホテルセンチュリー相模大野はいつ閉館したのですか?
A1:2021年9月30日をもって全館の営業を終了しました。宿泊受け入れはこれに先駆け、同年9月上旬に終了しています。
Q2:人気だったビュッフェレストラン「ボン・ロザージュ」の味を楽しめる場所はありますか?
A2:ボン・ロザージュとしての直営移転店舗はありませんが、新宿駅南口の「小田急ホテルセンチュリーサザンタワー」など、小田急グループが運営するホテル内レストランで同等のクオリティを持つ料理やビュッフェが提供されています。
Q3:現在の跡地フロアには誰でも立ち入ることができますか?
A3:かつてフロントや宴会場があった7階フロアなどは、クリニックやサービス系テナントフロアとして一般開放されており、エレベーターでアクセス可能です。ただし、旧客室階などの一部区画は関係者や特定施設専用となっています。
Q4:跡地に新しいシティホテルが開業する計画はありますか?
A4:現在のところ、同区画に大規模なシティホテルを再出店させる計画は発表されていません。相模大野駅周辺の宿泊需要は既存のビジネスホテル等で対応され、ステーションスクエア上層階は地域密着の多機能複合フロアとして活用されています。
まとめ:街の記憶を受け継ぎ進化を続ける相模大野の未来
小田急ホテルセンチュリー相模大野の閉館は、長年利用してきた人々にとって一つの時代の終わりを告げる象徴的な出来事でした。記念日の食事を楽しんだ「ボン・ロザージュ」の賑わいや、改札を抜けて直結のエレベーターへと向かった非日常の高揚感は、今も地域住民の心の中に色濃く残っています。
しかし、その跡地は放置されることなく、時代の要請に応える医療や健康、生活サービスの拠点として新たな息吹を吹き込まれました。駅ビルの再構築とともに変わりゆく相模大野の街並みは、かつてのホスピタリティ精神を土台にしながら、次世代の都市利便性へと向かって着実に前進を続けています。 (出典: 小田急 ホテル センチュリー 相模 大野(Yahoo!ニュース))